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日めくり編集メモ 078

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1930年代、時局に便乗した漫画が隆盛を見ましたが、当局の介入でその後漫画の存在自体が否定されてしまいました。漫画規制といえば、東京都青少年健全育成条例改正案は15日の本会議で可決されてしまうようですが、ここは歴史に学びたいと思います。

雑誌「少年倶楽部」で田河水泡「のらくろ二等卒」連載開始は満州事変の起きた1931年。それまでも軍隊生活を描いた「兵隊漫画」はありましたが、この大当たりで、動物が兵隊ごっこする漫画が爆発的に増えました。犬、猿、白熊など。のらくろそっくりのキャラクターが登場する「のらくら海軍」など赤本漫画もありました。傾向が変わるのは1938年。山中恒さんが『戦時児童文学論』で指摘しましたが、「児童読物改善に関する指示要綱」によって漫画表現は官憲が指図することになったのです。

 

日中戦争の激化に伴い、戦争漫画は動物ではなく人間が戦うようになり、中国兵は「ポコペンアル」と逃げて日本軍無敵の大勝利、といったものが多くなります。まるで泥沼になる前の戦線拡大に酔った当時の空気が伝わってくるようです。「少年倶楽部」などを出版する講談社には、要綱によって国策に従う記事を載せるよう政府から繰り返し指導が入りました。次第に政府は漫画自体を敵視しはじめ、ついには絵物語以外ほとんど禁止となります。「のらくろ」の連載終了は1941年、日米開戦の年です。

 

日本の兵隊は強くて敵は皆殺しだが、その土地の子供には慕われる...こんな「絵空事」を繰り返し読んでいれば、子供も立派な軍国少年になるでしょう。しかしそれは血なまぐさい戦場の現実とはかけ離れたものでした。こういった作品を描いていたのは、戦後人気漫画家となった新関青花(健之助=「かば大王さま」)、横井福次郎(「ふしぎな国のプッチャー」)、倉金良行(章介=「あんみつ姫」)、原一司(「カンラカラ兵衛」)など錚々たるメンバーであることも驚かされます。お先棒を担いだ結果が漫画の消滅では、それこそ「漫画」です。

(参考資料:秋山正美編著『まぼろしの戦争漫画の世界』夏目書房、尾崎秀樹『思い出の少年倶楽部時代』講談社)

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