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日めくり編集メモ 161

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コンチキチン、コンチキチン…。炎暑の京都に涼やかな鉦の音が響きます。7月いっぱいかけて行われる祇園祭のクライマックス、山鉾巡行はきょう17日。重要有形民俗文化財の山鉾が都大路を埋め尽くします。

日本三大祭のひとつ、祇園祭は八坂神社の祭礼です。869(貞観11)年、各地で疫病が流行し、これを鎮めるため神泉苑で行われた御霊会(ごりょうえ)を起源としています。御霊とは、災いをおよぼす怨霊のことで、異常な死に方や不慮の死を遂げた人の霊をそのようにとらえました。御霊会では仏を拝んで読経するほか、歌舞音曲や相撲、騎射なども催されたのです。応仁の乱でいったんは途絶えた祇園祭でしたが、町衆の手によって1500(明応9)年、再興しました。

山鉾の「鉾」は屋根のある背の高い山車で、屋根方や囃子方などが乗り、音頭取が指揮して50人ほどの曳子がその鉾を引っ張ります。「山」はそれほどの高さはなく、故事や説話の人形を御神体として飾り、舁子によって巡行します。一番の見せ場は交差点を90度に方向転換する辻回し。10トン以上の鉾が、敷かれた青竹の上で向きを変えるさまはまさにダイナミック。南蛮や中国大陸から渡来したタペストリーが飾られた山鉾は、「動く美術館」に譬えられるほどです。

八坂神社はかつて「感神院祇園社」といい、延暦寺(初期は興福寺)の支配を受けていた寺であると同時に、牛頭天王・素戔嗚尊を祀った神社であるという神仏習合色の濃いものでした。1868(慶応4)年に廃仏毀釈が始まり、牛頭天王の神号が廃され、小野道風筆と伝えられる大鳥居の「感神院」の額が外されて、名が現在のものとなりました。天災を怨霊の仕業として、その鎮魂のため始まった祇園祭。やはり今年は東日本大震災について祈らずにはいられません。

(参考資料:京都祇園祭ホームページ「祇園祭2011」京都新聞ホームページ、丸谷才一『遊び時間2』中公文庫)

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