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日めくり編集メモ 196

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駅に隣接した店舗ビル、すなわち駅ビルは街とともに共存共栄のはず。鉄道会社にとっては客を囲い込める施設ですが、最近では街の文化と折り合いをつける努力が見えないようです。

駅ビルという形は昭和初期からのものです。1929年、阪急百貨店が大阪・梅田に開業し、これは世界初の鉄道会社直営ターミナルデパートでした。現在も残っている東武浅草駅は1931年に建設され、百貨店の松屋浅草店がテナントとして入居しています(現在は4階以上は閉鎖中)。一方、国鉄(現JR)は戦後、公共企業体になってから民間資金を活用した駅舎づくりを始め、これを民衆駅と称しました。全国初の民衆駅は豊橋駅です。

しかしこの民衆駅も、国鉄財産の部外使用ではないかとの批判があり、1953年には国会で取り上げられました。そこで国鉄は「民衆駅等運営委員会」を設け、一定の基準を制定。その後1971年に法令が改正され、国鉄が直接事業に投資できるようになり、駅ビルはどんどん建てられるようになりました。1987年のJR発足以降は民間会社として、駅ビル建設や周辺地域の再開発に積極的に関与し、改札内の「駅ナカ」までが出現しました。

駅施設の大規模な改修に伴い、古くからの店に立ち退きを要求するなどトラブルも。老朽化という理由とともに、賃料の値上げで収益を上げたいJR側の思惑も見えてきます。新宿駅「ルミネエスト」地下のカフェ「ベルク」は立ち退きを迫られながら、営業継続を求める署名が15000を超えました。こういった街の文化をないがしろにしてはなりません。JRの企図するものは、どの駅に降りても同じようなのっぺらぼうの駅ビルなのでしょうか。

(参考資料:『日本国有鉄道百年史』日本国有鉄道、「駅の酒場 危機」東京新聞2011年9月30日付)

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