いわゆる「名張毒ぶどう酒事件」の第7次再審請求差し戻し審で名古屋高裁は、死刑囚として収監されている奥西勝さんの再審開始を認めない決定をしました。しかしその決定は、甚だ疑問の残るものでした。
この事件は1961年、三重県名張市で毒物入り白ぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡したもの。奥西さんは、妻と愛人との三角関係を清算しようとして農薬を混入したと自白しますが、公判では「自白は強要されたもの」と全面否認に転じます。地裁では無罪となりましたが、高裁で逆転死刑というそれまで前例のなかった判決が下されました。その後最高裁が上告を棄却し、奥西さんの死刑が確定しました。
争点は、混入した毒物が農薬ニッカリンTであるかどうか。弁護側は、当時の鑑定で飲み残しのぶどう酒から不純物が検出されていないとして、毒物は別の農薬とする新証拠を提出していました。しかし今回の決定は、「毒物がニッカリンTでないことを証明するほどのものではない」という、わずかでも犯人の可能性があるから死刑であるという恐るべきもの。「疑わしきは罰する」とでもいうのでしょうか。
2010年、最高裁が科学的知見に基づく鑑定を行うよう求めて高裁に差し戻していた今回の審理は、検察も主張していない非科学的な推論で再審を取り消しました。事件から半世紀以上が経ち、奥西さんは今年86歳。健康不安も抱え、自身でも「この再審請求が最後かもしれない」と支援者に語っていたそうです。死を持っている時間稼ぎと思われても仕方のないこの決定は、司法の権威を自ら貶めました。