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人を「排除する」街ー『渋谷ブランニューデイズ』を見て

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 子どものころ、よく連れて行ってもらった場所に「天王寺公園」があった。すぐそばに動物園や美術館が併設され、中には噴水なんかもある広い公園。そこにはいつも、家族連れに混じって何人もの「おっちゃん」たちがたむろしていて、ベンチに座っていたり寝ていたり、なにやら話し込んでいたり、時には将棋を指していたり、した。


 天王寺は、ドヤ街がある釜ヶ崎から近い。その「おっちゃん」たちが、どうやら「日雇い労働者」とか「ホームレス」(という言葉はそのころまだなかったけど)とか呼ばれる人たちらしいと、小さかった自分がいつ、どうやって理解したのかはわからない。でも、そこにおっちゃんたちがいるのはあまりに当たり前の光景で、変だとか不思議だとか感じたことはなかった、と思う。
 その「当たり前」が崩れたのは、高校生になったころ。公園が有料化され、閉園後は施錠されて一切中には入れなくなったのだ。なんだかつまんないなあ、と思うと同時に、じゃああのおっちゃんたちは、これから夜どこで寝るんだろう、ヒマな日はどこで過ごすんだろう、とぼんやり考えたことを覚えている。
 とはいえ、もちろんそれでおっちゃんたちがいなくなってしまう、はずもない。気づけば今度は公園の外側、動物園へと続く道沿いに、ダンボールとブルーシートでできた「家」がずらりと並び始めていた。そして、そこにはやがて、いくつもの無許可の路上カラオケ屋――通称「青空カラオケ」が登場。市がその強制撤去を決め、反対する人たちとの間で衝突が起こるのは、もう少し後のことになる。
 
 そんなことを久しぶりに思い出したのは、1本の映画を見たからだ。『渋谷ブランニューデイズ』。仕事や住まいを失って、渋谷の路上で暮らす「ホームレス」たちを追ったドキュメンタリーである。
 カメラが追いかけるのは、「宮沢さん」というひとりの元派遣労働者の姿。けがが原因で仕事を失い、家賃が払えなくなってアパートを追い出された彼は、路上を転々とした後、人づてにその存在を知った「ちかちゅう」――渋谷区役所の地下駐車場にやってくる。そこには、同じように路上に出ざるを得なかった人たちが、多いときには50人以上も寝泊りしていた。ときに助け合い、励ましあいながら毎日を送る、野宿者たちの小さなコミュニティ。週に一度、炊き出しに訪れる支援グループ。小さな「つながり」に支えられたそこは、宮沢さんにとって大事な居場所になっていく。
 それと並行して、映画は東京の街と「ホームレス」たちをめぐる状況の変遷を描き出す。高度成長時代を支えた山谷の賑わいと、その後の衰退。それとともに路上にあふれ始める「ホームレス」たち。新宿駅西口の「ダンボールハウス」撤去騒動。役所で展開される生活保護の「水際作戦」。渋谷・宮下公園の「ナイキ化」と野宿者追い出し。そして宮沢さんたちが住む「ちかちゅう」にも、区役所による閉鎖宣言という危機が訪れる…。
 そうやって見ていくと、今の東京(だけではないのだろうけれど)が、どれだけ「異端者」「野宿者」に冷たい街なのかがよくわかる。商業施設が多い渋谷では、夜に雨露をしのげる場所を見つけることさえ困難だ。かつては自由に出入りできた場所もどんどん締め切られ、立ち入りできなくなっている(そう、かつての天王寺公園みたいに)。そういえば、「ホームレス」が横になれないようにと、妙な形に区切りのついたベンチも、あちこちで見かけるようになった。
 支援グループによる炊き出しなどの支援活動にも、「近隣住民」からの非難の声が集まる。「甘やかすな」「迷惑だ」。やはり「近隣からの苦情」を理由に「ちかちゅう」での炊き出し禁止を勧告した渋谷区役所は、支援グループがそれを拒否して炊き出しを始めると、「節電」の名目で駐車場の灯りを切ったという。
 
 雨宮処凛さんが「この映画に登場する人すべて、カッコよかった」とコメントを寄せているように、ちかちゅうという「居場所」を守るために立ち上がり、闘う宮沢さんたちは、とても前向きでカッコいい。中には、生活保護を得るなどして路上生活からの脱出を果たす人もいる。けれどその一方で、さらなる野宿者の増加と「排除」の拡大という現実は、今も進行中だ。
 ほんの少し「はみ出した」(家や仕事を失った、という意味において)だけで、公共の場から「排除されて」しまう街。おカネがなければ、どこにも行くところのない街。それは、たまたま今「はみ出していない」人たちにとって本当に居心地のいい街だろうか。街から「排除されている」のは、果たして野宿者の彼らだけなんだろうか。
 仕事をしている人がいる。今、たまたましていない、できない人もいる。自分がいつ、その「どちら側」になるかなんてわからないけれど、ともかく世の中にはいろんな人がいて、それが当たり前だとみんなが知っている。そういうふうな社会に暮らしたいと願うことは、綺麗事だろうか。
 映画館を出て、そんなことを考えながら歩いていたら、目の前に広がる渋谷の街の光景に、子どものころ見た天王寺の光景がゆらりと重なった。おっちゃんたちが楽しそうに歌声を張り上げていた「青空カラオケ」は、今はもう、ない。(n)
 
※『渋谷ブランニューデイズ』は、渋谷アップリンクにて、5月18日(金)まで上映中。各地で自主上映会も。

 

 

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