今年に入ってから、全国各地で相次ぐ「餓死・孤立死」事件。その一方で、あるタレント家族の生活保護受給問題を機に、生活保護に関する「バッシング」が急速に強まっています。それを追い風にするかのように、小宮山厚生労働大臣は5月末、生活保護水準の引き下げや親族による扶養義務の強化を検討する方針を表明しました。
そんな中、以前から生活保護の問題に取り組み続けてきた弁護士や司法書士、研究者、受給当事者などから成るグループ「生活保護問題対策全国会議」が「餓死・孤立死問題と生活保護バッシング(扶養義務強化等)に関する記者会見」を開くと聞き、出席してきました(6月7日、厚生労働省にて)。
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この日、会見の中で繰り返し強調されたのは「法的な事実に基づいた冷静な報道を」ということ。全国会議の代表幹事を務める尾藤廣喜弁護士は、まるで悪質な違法行為であるかのように報道されているタレント家族のケースが、実際には不正受給とは呼べないものであるということを丁寧に説明してくれました。
詳しくは全国会議が出した文書「扶養義務と生活保護制度の関係の正しい理解と冷静な議論のために」(こちらで読めます)に譲りますが、現行の生活保護法では、「扶養義務者による扶養」は生活保護を受けるための要件にはなっていません。つまり、親族がいるからといって、「生活保護を申請する前に、そっちに先に扶養してもらうように」ということにはならないわけです。
そもそも、民放に定められた「扶養義務」も、兄弟姉妹間、成人した子どもが親に負う義務は、夫婦間や小さい子どもに対する親のそれとは異なり、「自分の社会的地位にふさわしい生活を成り立たせた上でなお余裕があれば」援助する義務、にとどまるといいます。それも、扶養の程度や方法については、あくまで当事者による協議が基本で、機械的に金額が算定されるようなものではない、のだそう。タレントのケースでも、福祉事務所と協議して決めた額の仕送りが行われ、その分の支給減額もされていたわけで、「不正な」受給にあたらないことは明らかです。
もちろん、倫理的、道義的に納得がいかないという批判はあり得るでしょう。しかし、そうした倫理的な評価が法的な「義務」と混同して語られ、さらには扶養義務強化の根拠ともなっていること、またこうした特殊ともいえるケースが不正受給の多さの証左のように扱われたりしていることは、明らかにおかしいとしか言えないはずです。
尾藤弁護士はさらに、社会構造の変化とともに、私的扶養から公的扶養へという流れが世界的な潮流にもなっていること、「扶養義務」を強調することが、申請や受給へのハードルになり、餓死・孤独死を増加させる危険につながることなどを指摘。死者がこれだけ出ている状況を考えれば、何より必要なのは生活保護を受けやすくすることだとして、「貧困対策としての生活保護制度に何が求められているのか、当事者が何を求めているのかを、真剣に受け止めて議論してほしい」と呼びかけました。
会見にはほかに、「全国『餓死』『孤立死』問題調査団」に同行して、1月に40代姉妹の「孤立死」事件があった札幌を訪れた作家の雨宮処凛さんも出席。「社会の中に、生活保護を受けにくくしよう、という流れを感じる。(バッシングの中心になっている)自民党にも、この貧困の広がりの責任はあるにも関わらず、バッシングが広がって受給者の誤ったイメージが伝えられることで、ますます生活保護が受けにくいものになっていく」と危機感を訴えました。
また、NPO法人自立生活サポートセンター・もやい代表理事の稲葉剛さんは、これまでの「餓死・孤立死」が、以前多かった高齢者家庭以外にも広がっていることに触れ、「高齢者や障害のある人でなくても、どんな人でも孤立死のリスクはある。SOSを出しやすい雰囲気、そのSOSをきちんと受け止める体制をつくることが重要」と発言。しかし実際にはその逆に、生活保護などに対する「負のメッセージ」がつくり出されているとして、これまでの報道のあり方にも疑問を投げかけました。
さらに、会見の最後には、現在実際に生活保護を受けているという当事者の方が3名、それぞれの思いを語ってくれました。
その1人、3年ほど前に病気で離職せざるを得なくなり、今年の春から「もやい」のサポートで生活保護を受け始めたという30代の女性は「生活保護を受ける前は、年金で生活している母親からの仕送りを受けて暮らしていたけど、もともと家族との折り合いが悪かったこともあって、『自立していない』ことがとても苦しかった」と話していました。「生活保護を利用したことで、家族ではないいろんな人とつながることができたし、『自分の足で立っている』『生きていてよかった』と思えるようになった。生活保護は誰もが自分らしく生きるための大切な制度なんです」。
また、印象的だったのは、3人ともが揃って現在の「バッシング」の状況に対する強い不安を口にしていたこと。この日の配布資料に添付されていた「生活保護利用当事者の声」にも、「報道を見ていて、受給していることに後ろめたさを感じた」「社会に迷惑をかける人間は社会に必要ないと言われているよう」「生保を受けている人が皆不正受給をしているという誤解を生むような報道に怒りを覚える」といった言葉が並んでいました。
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発言者の誰一人として、声を荒げたりはもちろんしなかったけれど、それぞれに今の状況に強い危機感を抱いていることが、痛いほど伝わってくる会見でした。
そもそも、生活保護受給拡大の背景には貧困の広がりがあるはずなのに、その根本のところは放置されたままで、ことさらに「生活保護の増加」だけが取り上げられる。それも、金額的には生活保護費全体の0.4%(2010年度)でしかない「不正受給」の問題だけがことさらにクローズアップされ、「受給すること」がまるで悪いことであるかのようなイメージがつくり上げられる状況は、あまりにおかしい(ちなみに、0.4%という数字には、高校生がアルバイトをした/高齢者が年金を受け取ったけど申告を忘れていた、なんていうケースも含まれるのだそうです)。
もちろん、本当の意味での「不正な」受給がいいはずはありません。でも、本気でそうした受給をなくそうとするのなら、必要なのは個人攻撃や扶養義務の強化ではなく、例えばいわゆる「貧困ビジネス」問題への切り込みではないの? と思います。そして、より強く求められるのは、貧困拡大そのものへの対策や社会保障制度の拡充、そして生活保護の捕捉率(生活保護基準以下の収入しかない世帯で、実際に生活保護を受けている世帯の率)が2割程度(先進国の多くは8割以上)という状況を改善して、これ以上の餓死や孤立死を防ぐこと、のはずではないのでしょうか。
6月9日に全国各地で開催された「生活保護“緊急”相談ダイヤル」には、全国から363件の相談が寄せられた、そう。一部の声がこちらで紹介されていますので、ぜひご一読を。具体的な事例報告も今後掲載予定とのことです。(n)