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日めくり編集メモ 316

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『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』…印象的なタイトルの本が出版されたのは1994年。沖縄密約に関する重要な、まさに嚆矢といえる書でしたが、政府は黙殺。この著者、若泉敬さんは1996年7月27日、亡くなりました。

若泉さんは1930年福井県生まれ。東大法学部卒業後、保安庁(後の防衛庁→防衛省)の研究機関に籍を置きました。その後京都産業大学法学部教授に就任しますが、この頃から当時の首相、佐藤栄作と面識を持つようになります。1967年頃から、沖縄問題の密使として度々訪米して米国実務レベルのスタッフと会合を持ち、望むと望まざるとにかかわらず返還交渉の最前線に立たされたのです。沖縄だけでなく、日米間には繊維問題が横たわり、「縄と糸」の交渉といわれました。

 

沖縄返還に固執し、繊維問題を軽く見る佐藤政権に若泉さんは苦悩させられますが、粘り強く交渉します。ベトナム戦争のさなか、外交交渉で領土を取り戻すには、核の再持ち込みを認める密約もやむをえない…即ち、「他策ナカリシヲ」信じることで「沖縄返還」という果実を得ようとしたのでしょう。密約は他に、日本復帰の際にも嘉手納基地、普天間基地などほとんどの米軍施設が期限を定めず使えるというものもあり、これが結果的に沖縄の基地固定化を招き、現在に至ります。

 

著作のタイトルは、日清戦争時の外相、陸奥宗光の著作『蹇蹇録』の結びの言葉から。この中で、日米交渉を「魑魅魍魎の世界」と評したほど、若泉さんは日米間で翻弄されたのでしょう。著作刊行の2年後、自分に疑問を持ち、沖縄への責任を感じた若泉さんは自ら死を選んだのです。それから16年。オスプレイの配備間近と伝えられ、来月5日にはこれに反対する県民集会が沖縄では開催されます。沖縄への責任を感じて自裁した若泉さんがもし生きていたら、何を思うことでしょうか。

(参考資料:若泉敬『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス〈新装版〉』文藝春秋、手嶋龍一「変貌する日米同盟―東アジアの中の日本」琉球フォーラムvol.171、諸永裕司『「密約」検証結果外伝 若泉敬―知られざる「密使」の苦悩』魚の目2010年3月24日付、NHKスペシャル「沖縄返還密使・若泉敬 日米外交戦の舞台裏」2010年6月19日放送)

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